それはつまり君が好きだから

キスマイ千賀健永くんが大好きっぽい

『お前誰だよ』な話



NEWSツアーお疲れ様でした。

かれこれ増田貴久さんをきっかけにジャニヲタになり12年もの歳月が流れました。そんな私はもはやアラサーで可愛い千賀健永くんを担当として現在はゆるく応援しています。(ゆるいけど熱量はすごい)


NEWSツアーという言葉から書き出したものの、2017年NEWSどころかKis-My-Ft2のツアーにすら参戦していません。8月までおあずけくらってます。キスマイ全滅でした。アーメン。

別に書く必要もないし需要もないしなんてことないけどなんとなくモヤモヤ治まらないため記しておきます。




NEWS大丈夫かよ


いやそりゃそうなるよ!!!小山さん手越さん何してんだよ!!!!私のジャニーズ専用アカウント9割キスマイ担なのにも関わらず出てくる『手越』『小山』のフレーズ。確かにそれに合わせてかなんなのか横尾さんやらHey! Say! JUMPやらJrやらいろいろ出てきたけど、中でも1番厄介だったのがNEWSの2人だった。

あれ?私関係者なのかな?レベルで超調べた。なんなら徹夜で調べた。気付いたら朝だった。子供達が学校へ走り出してる時間まで調べてしまっていた。

何が問題って本人達の言動や日頃の行いから来ているのだろうけど、何よりも不安だったのはそれに対するNEWS担の声だった。中でも見かけたのはこの4つ。

  1. 『今に始まったことじゃない』
  2. 『それで降りるとかファンじゃない』
  3. 『私たちが信じてあげないと』
  4. 『むしろ担降りしてくれてありがとう』


目を疑った。なんだこの挑発的な文言は。これは私個人的な考えだからそういう意見があっても悪い事では勿論ないし『それでも好き』って意志があるのは良いことであると思う。
ただ、何故そんな喧嘩口調なのかがさっぱり理解できなかった。チョロヲタのBBAだからチョロく喧嘩買いたくなった(降りてるけど)。

だから軽くその喧嘩買おうと思います(アンチではありませんので悪しからず)



『今に始まったことじゃない』

確かに素行の悪さは今に始まったことではない。でもだからって“許される”の?誰もがみんな“許して”きたの?目を瞑っただけではなくて?こういう事柄は目を瞑るのが確かに賢い。何故なら相手が手の届かないアイドルだから。会いに行けば結局はアイドルな彼等を見ることができるから。けれどそれは決して心から“許した”ことではない。


『それで降りるとかファンじゃない』

ファンである定義は十人十色だし担当の定義も十人十色。いつどこで降りるかは本人が決めることだし、事が事であるのでそれを外野がとやかく言うものじゃない。
言ってしまえば彼等は商品なわけで、例えばお気に入りのブランドがあってその商品を購入したら思いがけない欠陥があった。それでも貴方はそれを使い続けますか?って質問と同じ事だと思う。勿論彼等は欠陥なんかではないのだけれど、それによってブランドへの不信感が出てくるのも確か。ただそのブランドをこれからも愛用していくかはその人次第ということ。


『私たちが信じてあげないと』

何を信じて、何を疑うんですか?信じてきた。彼等がTEPPENを取ってくれると。ただ、その道は本当にTEPPENに近付いてますか?いつからかNEWS担もNEWSも『TEPPENを取る』って言葉を使わなくなっていたの気付いていましたか?


『むしろ担降りしてくれてありがとう』

余計なお世話だ

これなんですよね、1番言いたいのは。担降りしてくれてありがとう?え?どちら様でいらっしゃいますか?コンサートに入りやすくなる?え?誰がコンサートは入らないと言いましたか?
例えば自担が何かやらかそうと、私で言えば増田担を降りようとNEWSが嫌いなわけじゃないんです。むしろ大好きなんです。私は増田さんが何かをしてそれをきっかけに千賀くんに降りたわけじゃないけど、担降りしたからって今までの思い出も好きだった自担の記憶も消えるわけじゃないんです。曲を聴けば当時を思い出すし、じゃなきゃあの夏あの秋あの春あの冬にあんなに涙を流すことは無かったんです。
『ありがとう』なんて言葉は絶対に間違っている。そんな言葉他人になんて絶対に言われたくない。






そして、もう一つ。
私自身何度か言ったことがあるけれど、もうNEWSに涙はいらないと思っています。今までたくさん泣いてきたし悔しい想いもあった。だからこそ生まれた曲もあるし、背中を押される曲もある。『自分も頑張ろう』って思えた。だけど、あれからもう5年以上経ってそろそろ力強いNEWSを見せてくれてもいいんじゃないか。
ファンとの絆って確かに大事だしどこにも負けてないと自負するのも勿論良い。だけどその絆にしがみついて何が見える?
U R not aloneは初めて聴いた時からNEWSがファンに、ファンがNEWSに歌っているように私には聞こえた。だからこそ、そろそろNEWSは過去に囚われないで羽ばたいてもいいんじゃないか。
もう涙はいらない。そんな物語はしまい込んで糧にして欲しい。


それでいつか叫んで欲しい。
『TEPPEN取るぞ!』って。


そのためにはやっぱりファンが必要だし、互いにお花畑じゃ上へは行けないんだろうなと外野から見た感想でした。背中を押してもらったなら、後ろにいる彼等を引っ張れるのは一歩踏み出したファンしかいないじゃない。それをしないで現状で満足、感動したね、NEWSかわいいね、それで終わるなら結局未来は見えてこない。このままじゃいけないって焦りをそろそろファンも持つべきなんだと思います。




いやー本当に『お前誰だよ』って言われるけど今でも変わらずにNEWSには背中押されてるのでどうしても言いたくなってしまった。

来年こそは会いに行くよ、NEWSに。




おしまい

長年手越祐也から聞かされていた『愛しの子猫ちゃ~ん』という言葉ですがNEWSがデビューから12年、4人体制になってから4年、わたしがNEWSから担降りして2年という歳月を経て、NEWSこそがまさにわたしの『愛しの子猫ちゃん』だと確信した話


2016年6月11日東京ドームで行われた、
NEWS LIVE TOUR 2016 QUARTETTO
行ってきた。感想がこちら。



タイトルそのまんまだった。
今回のツアーは本当に行こうという意欲が湧かなかった。自分自身の状況、環境、タイミング、感情どれをとっても『そうだ!NEWSに会いに行こう!』そうはなれず地元公演の申込すらしなかった。

そんな時はうまいもので相方との都合も合わず本当にどの公演も入る予定がなかった。
去年のような諦めでもなんでもなく、そもそもの意欲がなかったのだから仕方がない。

ただそれは申込段階の話であり、いざTwitterのTLがNEWSで溢れてくる頃には『くそ、申し込めばよかった‥‥!!』そう思っていたし、前回のWhiteアルバムはツアー参戦したにも関わらず購入していなかったのに対してサラッと今回のアルバムQUARTETTOは購入していた。

『こりゃ探すしかないな‥‥』そう思ったは良かった。が、私はNEWS垢を既に削除しているので千賀垢しかない。いや無理だ‥‥このアカウントでチケ業無理‥‥その瞬間女神が舞い降りた。今回東京ドームはフォロワーさんの同行という形で参戦した。キスマイ×NEWSなんて絶対私この人のこと好き!!!その一心で送ったリプライ。いやまじで女神でした‥‥溜息



私は担降りするまでの9年間の中で、東京ドーム公演に入ったことがなかった。昔は今の何百倍もゆるヲタなるものをしていたので遠征という概念がなかったからだ。唯一担当していた時期の中遠征を覚えたタイミングで行われた、あの10周年のたった1日だけの東京ドーム公演。
当時の私は申し込めないことに悔し涙すら流せなかった。それだけの理由があった。名古屋のオーラス公演入れたんだからいいじゃん。そう言い聞かせていた。

そんな想いもあの日たった1日だけ、NEWS担が同じ動画を再生した日。同じ曲を全国でNEWS担が何度も何度も聴いていたあの日に、悔し涙を流した。


そんな東京ドームに行ってきたわけですよ!!!!


グッズ列やばいとか6月のくせに暑すぎとか人多すぎとか足痛すぎとかそんなこと全部どうでもよくって、とりあえず残しておきたいことを残したいだけ残す。


はじめてQUARTETTOを聴いたとき暗転したメインステージでTheme of “QUARTETTO”を奏でて欲しいと思った。それからライトに包まれてのQUARTETTOなんて最高すぎる。そんな妄想を抱いていた私は、今回の構成に心が震えた。かっこよすぎない?とてつもなくかっこよすぎない?

今回のセトリって『あれ?15周年だっけ?』と思わせるような過去の定番曲を存分に入れてきていて今回のアルバムをあまり聴き込んでいない、もしくは私のように担降りして過去の曲の方が染み込んでる人にとっては最高だったんじゃないか、と。
去年は新たなNEWSの中にSNOW EXPRESSとWinter Moonを入れてくることによってグッと引き込まれたけれど、今年はもっとフラットに、『新生NEWS』ではなく『過去現在未来のNEWS』を見ている感覚だった。


そして、東京ドーム公演のみで行われた西本智実氏率いるイルミナートフィルハーモニーとの四銃士星をめざして。まさか東京ドームでオーケストラ×NEWSを見れるなんて誰が想像していただろう。美しい光景だった。本当に綺麗だった。
四銃士が発売された時にはさほど興味もなく、時折TLに流れてくる画像等を見て『ふーん』程度だった。
アルバムを購入して初めてちゃんと聴いた楽曲だったけれど、ドームで、オーケストラで、あの光景を見せつけられたら好きにならない理由がない。
指揮者である西本智実氏の横で踊る増田さんは最高に美しかった。
でもそれより私は星をめざしてのほうがよっぽど心打たれた。

みんないるかい
星をめざして 君に導かれ
歌いながら ぼくは歩きだす
ふり返らないさ 傷だらけの
少年時代など

進化を見せつけられた瞬間に歌われたこの歌詞で、私が知らない間にNEWSは前へ進んでいたことに気付かされた。

さくらガールを踊る増田さんも、チェリッシュを踊る増田さんも、愛言葉歌いながら手を振る時に動きが大きすぎて片足浮かせてる増田さんも、前髪チェックに余念のない増田さんも、大好きだった。

Wonderなんてもう最高なんてもんじゃない。MVを見ているかのような気分だった。セットのゴールドと、多数のレーザーライトで彩られる場内とJrを従えて踊るNEWSはただただMVだった。あのまま切り取ってMVとして発売しても何一つ問題ない。
歌の合間に増田さんが『Wonder』って言うけれど、あれどうして会場は沸かないんだろう?言われる度にペンライト握り締めて足をばたつかせて声にならない声を上げていた私は一体何なんだろう。ドッカンいかないのが不思議だ。

千賀くんのダンスって言葉で表すなら“ガツガツ”で、あんな華奢な体で大好きなダンスを全身で表現していてそんな千賀くんが大好きで、千賀くんが踊れば踊るほど私は好きになってしまうんだけど、増田さんのダンスは言葉で表すなら“ふわふわ”。柔らかくて優しくて全部まるごと包み込んじゃうようなダンス。増田さんがそこで踊ってるだけで安心感に包まれるから不思議だ。



さて、本題へと移ります。

長年手越祐也から聞かされていた『愛しの子猫ちゃ~ん』という言葉ですがNEWSがデビューから12年、4人体制になってから4年、わたしがNEWSから担降りして2年という歳月を経て、NEWSこそがまさにわたしの『愛しの子猫ちゃん』だと確信した話


簡単に言うと、私がNEWS担だった頃嫌いな曲や苦手な曲、ハマらない曲というのが何一つなかった。
どこを切り取ってもNEWSにしか歌えないその曲たちをもれなく私は大好きでいたし聴き込んできた。例えばポコポンペコーリャでさえも。だって、『パピプペポ ポコポンペコーリャ』なんて歌詞意味がわからない。全然理解できない。それでも最高にキュートでポップなこの曲でさえ私は大好きだ。

それがある時急にNEWSは変わり始めた。(と、同時に増田さん本人も変わってしまったというのはまた別の話)例えばKAGUYA、例えばチュムチュム。私には到底受け入れられなかった。
ただKAGUYAに関しては、増田さんの『Looking for my princess』ここがたまらなく好きなのでまだ良かった。なんなら公式写真もある。
しかしチュムチュムに関しては全く理解ができなかった。どうしちゃったのNEWS。どこへ向かうのNEWS。そう思ってしまうのは完全な私のエゴではあるが、NEWSに歌って欲しいのはそういう曲じゃない、そう思ってしまう。
実際にコンサートで見た時も同じだった。

それでも笑顔で歌う増田さんはやはり可愛くって、苦手意識のあるチュムチュムでさえ見てるとこちらまで笑顔になってしまうほど。

そうか、これだ。そうなんだ。

私には受け入れられないNEWS。それでも大好きだったNEWS。いつ見てもそこに変わらず存在し続けるNEWS。たまにふらっと思わぬ方向転換をみせるNEWS。

全部じゃなくたっていい。全部を受け入れなくたっていい。私が好きなNEWSは今まで見てきたNEWSであり、過去を守り続けるNEWS。
愛しくって仕方が無い。嫌いなとこは嫌い。でもそれでも、愛しい。

TEPPENを聴いた時に感じた『この4人にTEPPEN取って欲しい』という感情はきっと消えることはないし、さくらガールを聴いた時に感じたこの愛しさはきっと一生消えない。
いいよ、もう自由にやりなよ。自由気ままにどんなことにも向かっていけばいい。それでもきっと私はこんなふうにNEWSを愛しく想うから。


少しくらいのイタズラは許す。だからその何倍も愛しさで溢れさせてほしい。
そんな願い事をしたくなるような、東京ドーム公演だった。





余談ですが、実は東京ドーム公演前日まで私の私生活はボロボロで泣いてばかりいたし弱音を吐いてばかりいた。「もういやだ」そんな言葉を馬鹿みたいに吐き続けた。そんな中で迎えた東京ドーム公演。小山慶一郎は言った。

『嫌なこと、忘れられた?』

忘れられたよ。何度も涙が溢れたよ。ありがとう。







あの日、増田さんは言った。

15年前に初めてコンサートに出させてもらったのがKinKi Kidsさんの東京ドームで、12歳の小学校6年生の頃で、その頃はギリギリ隅っこのセットの下で踊ってて、振り返って‥‥なんでこんなにたくさんの人が同じ予定で同じ時間に集まったんだろうって‥‥
4人で美しい恋にするよのツアーやった時、僕は4人でドームで復活したい!って言ったんですけど、その頃はどういう方向性でやっていくのかも分かってなかったのかもしれないし、ドームは出来ずに、野外の会場でやって結果良いツアーが出来たんですけど、心のどこかでもうドームのステージには立てないのかなと思ってすごく悔しかったです。


すごく悔しかったのを今でも覚えている。
あぁ足りなかったな、そう思った。
こちら側の何かが足りなかったんだな、そう思った。


増田さんが『東京ドームで復活したい』と言って、その案が棄却される瞬間。その時の増田さんの表情なんて容易く想像できるじゃない。手を握り締めてまっすぐの視線の中に“なんで?”疑問が浮かんでるところが簡単に想像できた。


そんな増田さんが今年はこう言った。

またドームに連れてきてね


心が震えた。涙が溢れた。
そんなこと言われたら、頑張りたくなるじゃない。私の力なんて必要とされていなくても、それでも何かしたくなるじゃない。



人生で2回目の、今度はNEWSという階段を再び転がり落ちた感ある




と、言いつつも来週にはキスマイのアルバムが発売されるしあと数週間でツアーも始まるし、きっとまた私の夏はキスマイと千賀くんで染まる。

とてもいいタイミングで見れたNEWS。

また会いに行くね。

担降りして1年経って新たな道を開拓しようとしてる26歳ジャニヲタの近況②


さて、そんなKis-My-Ft2を世界の中心に置いて過ごした2015年。終わりますね、終わりましたか?現在仕事に追われてる合間の時間を見つけてこの記事を書いているから、正直仕事が終わらない限り私の2015年は終われないと思っている。じゃあ仕事しろよ。うん、そうだね(真顔)


25歳のジャニヲタが担降りをして、新たに迎えた2015年がこんなに濃い1年になるとは正直思っていなかった。年が明けた頃は新春イベントが楽しみでそれだけだったし、新春イベントが終われば次はアルバムとツアーを楽しみにすると同時にドリボを楽しみにしていて、正に私の2015年はKis-My-Ft2が必ず脳内スケジュールに存在していた。そんなドリボを終えてケントロスに陥った私が思ったことが『視野を広げておけばよかった』ということだ。いや、むしろ千賀健永くんに担降りをしてから頭の片隅にずっとあった事かもしれない。何故なら、私は増田貴久一筋で他のジャニーズにもJr.にも興味が一切なかった。それで良かった。それで成り立ってきた9年間だったけど、今となっては『もう少し早く千賀健永くんを見つけていたかった』欲が出てしまっている。映像でしか私はKis-My-Ft2の歴史を辿れない。映像でしか過去の千賀健永くんを追えない。そして、映像化されていない千賀健永くんを私は全く知る術がないのだ。それがたまに凄く悔しくて、『昔から応援してくれているファン』この一言が投げかけられようもんなら心臓が苦しくなって悲しくなってしまう。そして私は決めた。


V6岡田准一を見てみよう。



図書館戦争を見てから岡田准一に“恋をした”私はそこからたくさんの情報を得た。ほら、片想いしたら相手の事って色々知りたくなるじゃない?それそれ☆←まず第一に図書館戦争TLMの映画を10月~公開終了の12月までで5回観た。それを知人に言ったところ『その5回全て観たお金をDVDにまわせば良かったんじゃない?』と言われたが、違う。絶対に違う。そもそも映画は映画館で観るべき映画とレンタルして家で観てもいい映画の二種類に分けられる。その二択の中で私はこの映画を映画館で観るべき映画と判別した。結果5回観に行ったけど毎回同じシーンで私はボロボロ泣いていたし、毎回新たな発見があった。楽しかった。例えば来月岡田くん主演の映画が公開されるけど、その映画を同じように複数行くかはわからない。どちらに判別するか、未知数だから。これに限っては岡田准一に“恋をした”からではなく、単純にこの物語が好きだからというのが理由なのだ。
ここを起点として始まった岡田准一を知ろうキャンペーンは思いの外スムーズだった。それは今年V6が20周年ということで各方面での露出が多かったというのが大きな要因で、このキャンペーンは見事大成功し、私はまんまと岡田准一への興味心が膨れ上がった。

『一分一秒を見逃したくない』それは自担に対して昔から言ってきたことで、岡田准一もその感情の対象となった。ただ、岡田くんも千賀くんと変わらず過去の岡田くんを映像以外では知ることができない。千賀くんを見て毎度渦巻くその感情は変わらない。でも岡田くんはそれでいいと思った。20年の歳月を振り返るのは困難で、20年前はなんといっても私自身まだ6歳なのだ。無理。森田剛かっこいい♡しか思い出せない。過去ももちろん知りたい。ただ私が今一番知りたいのは、デビューから10年経ち反抗期を迎え20年経ちその反抗期時代を笑って振り返り、日本の俳優としてのポジションを獲得した彼がこれからどんなアイドルの顔と俳優としての顔を魅せてくれるのか、この1つ。だからこそ私は、アイドル岡田准一を“担当”にはしない。ひたすらに視界に入れていく。


そして、もう一つ。

関東進出

地元を飛び出してしまいたいと思うことは多々あった。ジャニヲタとしてもそうだけど、今の自分の世界を一新したい。その為に6年間続けた仕事を辞め、家を出て関東に進出しようと目論んでいる。楽しみ。


きっと私の2016年も忙しくなる。でも新しい私の世界でも変わらずに千賀くんは笑って私の世界を明るくしてくれるだろうし、何も怖いことはない。また来年もよろしくね、そんな言葉は届かないけれど目一杯の感謝を込めてカウコン見るぞ!!!!!!今年は寝落ちしないぞ!!!!という決意を胸に仕事納め頑張ります。


みなさん良いお年を。
2016年も千賀くんかわいい(泣)bot、たまに岡田くんかっこいい(泣)bot、そしてたまにまいえんじぇると頬骨王子(泣)botな私をよろしくお願いします。




願わくば、千賀くんの新しい1年が輝き彼の野望理想がひとつずつでも叶って確かな足跡を残せますように。今日も今日とて私は千賀担です♡

担降りして1年経って新たな道を開拓しようとしてる26歳ジャニヲタの近況

私のハッピージャニヲタライフを彩ってくれる水色の王子様千賀健永くんに担降りをして1年が経ちました(痛いのは自覚している)。この1年は本当に濃かった。時間を遡って手帳を開けば必ずそこにはジャニヲタとしての記録が残っている。なんだこれ。ジャニヲタになってから10年経ったけどこんなに濃かった1年はあっただろうか。まずは近況の前に私の思い出としてこの千賀担1年生期間を振り返っておこうかな。誰得?私得。



2015.1.7 - 1.8 Kis-my-福袋 ~今年もよろしく Thank youじゃん!~ in 横浜アリーナ

はじめてのKis-My-Ft2の現場だった。そしてまさかのavex枠でまさかのアリーナ最前だった。手を伸ばせば届く距離に千賀くんがいた。私のキスマイ運全てをここで使い果たしたと思った。千賀担になって良かったと心底思ったし、この日のキスマイを見るために担降りしたとも思った。それほど愛しくてたまらなくて、多分ここらへんから『千賀くんかわいい(泣)』botが始まったと思う。この新春イベントで千賀くんが言った『千賀担を大事にする』という言葉の通りとてもとても大事にしてもらった1年だった。千賀くんの言葉はいつだって私の原動力。千賀くんが千賀担を見つめる時の表情が堪らなく好きで、もはやどっちが担当かわからない。私が掴んだ千賀担というものは、いつだって優しさと愛しさに溢れているよ。


2015.3.29 NEWS LIVE TOUR 2015 White in 真駒内セキスイハイムスタジアム

まさかの出戻り。実はこれに関して書いたブログが担降りブログよりも閲覧数が何故か伸びていた。いやほんとに何故?担降りをして4ヶ月。同じく担降りした友人と舞い戻ったNEWSの現場。元担を見るのは舞台フレンド以来。その時の感情はブログ参照。
NEWSを見て増田さんを見て『担降りして良かった』とは思わない。けど、変わらずにそこで“アイドル”を貫く増田さんはやっぱり大好きで私の誇りだし増田担として生きてきた9年の歳月は自慢もできる。それだけ最高のパフォーマンスだった。何よりフルスイングで泣きじゃくる私達2人を、もう増田さんから離れた私達2人を、決して黄色は身につけなかった私達2人を見てくれたあの優しい瞳は一生忘れないし、それだけでこれまで悩んできたもの全てが取り払われた瞬間だった。増田さんは変化しながらもやっぱり包み込んでくれる存在であって背中を押してくれる存在。ありがとう、大好きだった。


2015.5.24 NEWS LIVE TOUR 2015 White in マリンメッセ福岡

まさかのまた出戻り。愛方と見るはじめてのNEWSだった。担降りをして半年、久々に身にまとった黄色。テゴマスの青春で褪せない思い出をくれた福岡、マリンメッセ。最高だった。ブログにも書いたけど声を大にして言うね。見下ろしてくれてありがとう!!!!またいつかマリンメッセでNEWSを、増田さんを見れたらいいな。


2015.8.31 Kis-My-Ft2 CONCERT TOUR 2015 KIS-MY-WORLD in 京セラドーム

待ってた!!ツアーをとても待ってた!!新春イベントももちろん最高に楽しかったけど90分なんて物足りなくて、かと言って何時間あろうと物足りないものではあるけどとにかく待ってた!!!!手越担の愛方を藤ヶ谷太輔に染めるべく引っ張っていったツアーはとにかく色んな意味で大成功だった。7色に光るペンライトは本当に綺麗だったし、NEWSでは基本『かっこいいだろ?さぁ歓声あげろよ』的な場面では無表情無言を貫いていた私でもとにかく歓声を上げた。そして気付く。完全に恋してる、と。盲目とはこういうことか、とやっと気付く。遅い。いちいちかっこよかった。いちいち可愛かった。千賀担最高。『俺が好きでしょ?』なんて確認しなくていい、まんまと大好きだから。キスマイ楽しい。ちなみにはじめてドーム参戦してはじめてアルコール飲んでから参戦した。うん、色々と最高。大人っていいネ!!


2015.9.8 - 9.9 DREAM BOYS 2015 in 帝国劇場

待ってた‥‥!!!(泣)はじめての1人で遠征で、1人観劇で、はじめてのドリボ。はじめまして尽くし。NEXT DREAMが3ヶ月経った今でも胸に残っている。かっこいいなんてもんじゃなかった。私の稚拙な言葉では言い表すことが出来ない。
正直なところ演技に期待はしていなかったというのが本音。素晴らしい演技を見たくて足を運んだわけではなくて、ただただ『千賀くんが見たい』それだけの気持ちだった。そしてそれが良い意味で砕け散る。
玉森裕太はユウタで宮田俊哉はトシヤで千賀健永はケントだった。優しさも芯の強さもそのままに、それでも決してそこにはKis-My-Ft2の彼等は存在しなかった。双眼鏡で1人マルチアングルをしてたけど何度も視界が涙で歪んだ。刻み込みたいと願った。シャッターを押して留めて置きたいと願った。千賀健永はケントなのに、ケントは千賀健永そのものだったから。千賀くんが尊敬してやまないマイケルジャクソンを踊る姿は流石としか言いようがなかった。私の担当最高だろ!?誰にでもなく叫びたい。
Show Timeはとにかく最高だった。まさか自担がソロで『俺が好きでしょ?』なんて聞いてくるとは思わないじゃない!!!(返事を聞いてはくれないけど)映像化してくれ、あんなチャンスは二度と訪れない。だってみんな聞きたいでしょ?自担に『俺が好きでしょ?』聞かれたいでしょ?ドヤ顔で聞かれたいでしょ!?!?ケントの時はいつだって眉間に皺を寄せていた千賀くんがいつもの笑顔で微笑むから、やっぱり彼は“アイドル”なんだ。そしてこの舞台で青いベンチを聴くことになるとは思わなかった。

2日連続で観劇した後、私はもう1公演入ると心に決めていた。この時既に私の金銭感覚は狂っていたし、それに薄々気付きながらも止めようとはしなかった。年下アイドル怖い。

千賀くんが“アイドル”だと確信し、更に私は白を身にまとった“王子様”に出逢った気分だった。大真面目だ。


2015.9.12 Hey!Say!JUMP LIVE TOUR 2015 JUMPing CARnival in 北海道きたえーる

NEWSのWhiteに一緒に参戦した友人がHey!Say!JUMPの山田担であるということをきっかけに参戦したはじめてのおじゃんぷ魂。(伊野尾慧をまいえんじぇると呼び、薮宏太を頬骨王子、知念侑李をかもなと呼ぶくらいにはHey!Say!JUMPが好きです)別の友人からは『おじゃんぷ魂はお遊戯会』という進言をもらい、それを胸に参戦してみたらおじゃんぷちゃん本当に可愛かった‥‥!!!位置的に薮宏太くん(通称頬骨王子)がずっとこちらを見てくれてる‥‥!!!くそう、何故私は伊野尾慧くん(通称まいえんじぇる)の団扇しか買わなかったんだろう‥‥!!!なんてことを後悔しつつ、やっぱりおじゃんぷちゃん可愛いに尽きる。
余談ですが、この後同コンサートオーラスに参戦した彼女が我が頬骨王子の団扇をプレゼントしてくれたため我が家にはえんじぇると王子が存在している。自宅天国か。


2015.9.18 Kis-My-Ft2 CONCERT TOUR 2015 KIS-MY-WORLD in 東京ドーム

ドリボ遠征から僅か1週間後、私は再び東京にいた。居すぎ。流石に居すぎ。前回の大阪公演からの間で2度千賀くんに『俺が好きでしょ?』と聞かれた結果、俗に言う“dr期”に突入していた私は完全に拗らせていた。
やはり7色で彩られる会場のペンライトの海は圧巻で毎度息を飲んだ。自担を見失っても会場のペンライトが教えてくれる。メンバーが歩くたびまるで歩きながら染めていくかのように変わるペンライトの色があまりにも綺麗だった。北山さんが『我の強い千賀担』と茶化して笑っていたけど、きっと千賀担は千賀くんの喜ぶ顔が見たいだけなんだろうな。まるで『貴方だけだよ』とでも言うかのように変わらない青の光を千賀くんが見て、千賀くんを応援している人はここにいるよってメッセージにも見えた。そして千賀くんが思い返す景色に1つでも多くその証を残したい。その他大勢と合わさっていても千賀くんに届く青になれたらそれで良かったのだ。千賀担を大事にする君が好きだから。


2015.9.29 DREAM BOYS 2015 in 帝国劇場

当初予定のなかったこの公演は、もう一度Next Dreamが聴きたいという一心だけで掴んだ最高の幸運だった。記念すべき500回記念公演、前千穐楽。空港からまっすぐ銀座へ行き、一息着いてから向かった今月3度目の帝国劇場‥‥前の郵便局。東京でのオーラスを迎えたツアーにおいて、まさかとも思える自担の出身地名古屋での追加公演が発表され悩みに悩んだ末行くことを決めており、ゲンを担ぐために帝国劇場近くの郵便局で振込をした。今月本気で千賀くんに全てを注ぎ込んでいた。支払い?その為に働いてるようなもんだ、まかせろ!!!両手を合わせる勢いで振込をして向かった帝国劇場。入口には500回記念公演を祝う花が飾られており一気に今日という日が現実味を帯びた。向かう座席。見渡す景色。舞台に描かれる“DREAM BOYS”というロゴ。見納めだと思うとなんだか悲しくもなった。
そして始まる舞台。白い衣装に身を包みフライングする3人。『まっすぐ前を見つめてごらん』その歌詞の通りただ前だけを見つめる3人が愛おしかった。前回観たドリボは公演期間の前半で、この1ヶ月どのように変化をしていったのかそれを観るのが私の楽しみだった。そしてそれを楽しみに来た私は大正解で、台詞の1つ1つがまるで前回観た時と違う台詞かのように繰り出された。舞台後半のケントとトシヤのシーン。本当に涙が出た。ケントが泣いている。声を震わせている。『終わらない夢を描こう』ケント、ケント、ケント(泣)双眼鏡なんて覗けなかった。“散る”という単語がぴったりだった。ケントが散る瞬間、千賀くんのケントとして生きてきたこの1ヶ月間がどのようなものだったのか伝わった気がした。
そうして私のDREAM BOYSが終演を迎えた。初めて観たドリボは予想以上で、玉森裕太を座長として最後と言われるドリボを何故去年観劇しなかったのか。去年のこの頃はまだ私は増田担としてジャニヲタ人生を歩んでいて、頑なに担降りを拒絶しようとしていた頃だから当たり前ではあるけれど、それでも分かっていても後悔せざるを得なかった。何か1つだけ、それを自分の芯だと思うことも悪かったとは思わない。だけどもう少しだけ、自分の感情に流されるということも悪くはなかったんじゃないか。視野を広げるという意志が生まれた。
カーテンコールで3人の口から語られた『来年は』『来年も』その言葉を信じてる。Wキャストでも構わない。
さて、私は帰るね。何故なら日帰りだから←


2015.10.29-30 Kis-My-Ft2 CONCERT TOUR 2015 KIS-MY-WORLD in 名古屋ドーム

待ってた‥‥!!!!号泣
サブタイトルは“世界一かわいいKis-My-Ft2最年少凱旋公演”でいいと思う。←割と本気。千賀くんに『おかえり』を言いたい一心で申し込んだ名古屋公演。相方にもう一度キスマイを見て欲しくて半ば強引に同行させた名古屋公演。千賀くんが喜ぶ瞬間。嬉しい瞬間。そんな1つの瞬間に青色のペンライトを持って参加できるなんて、そして8月末から続いた千賀担による千賀担のための千賀月間の締めくくりが名古屋だなんて素晴らしすぎる。逸る気持ちを抑えて向かった名古屋はNEWSのオーラス公演振りで、あの時はまさか他Gのオーラスを見るために再び名古屋に訪れるなんて思ってもみなかった。そう考えると感慨深い名古屋。
結論から言うと最高すぎて号泣。大阪公演から徐々にバクステ側に席を移動していった私は、1番見たかったフリーダンスを満足のいくまで見ることができたし、何より『ただいま』と言う千賀くんの言葉に『おかえり』を言うことができた。これって千賀くんが喜ぶ顔を見たくてみんな言っているわけで、そんな優しさの中心にいる自担が素直に愛しくて堪らなくなる。名古屋公演の2日間ではその時未だ未発表曲であった“最後もやっぱり君”を聴くことができて、本当に優しさに包まれていた。隣に立つ相方もやっぱり藤ヶ谷太輔にハマってくれていてもう私の2015年に悔いはない。
そして、名古屋在住の千賀担が羨ましくもなった。『こやーて、こやーて!』言われたい。ずるい。悔しいから名古屋に移住しようかも本気で考えた。考えたところで名古屋に千賀くんはいないという当たり前の結論に至り、やはり目指すは関東だと心を改めた。


本当に最高のツアーと最高の舞台に恵まれた2015年だった。その為に何度収入と支出を計算したか分からない。私は所謂千賀担という名のATMで、私1人が欠けたところで千賀くんのアイドル人生に何一つ変化は及ぼさないけどコンサートに振り込む7,300円は消える。そのたった7,300円が彼等Kis-My-Ft2の成長の一軸となるなら喜んでATMにもなる。そんな覚悟いらなかったけど。
千賀担になってからの1年は初めての事だらけだった。言ってしまえば何もかもが初めてで、それがあまりにも新鮮でぬるま湯を飛び出してしまった私は温かいところを探して飛び回った。(主に東京)もちろんその初めての中には良いことだけではなく、記憶から抹消したいマイナスのこともあるけれどそれでもそれすら『良い思い出♡』そう笑えるのは間違いなく私よりも年下の自担と、その自担を“担当する”と決意したことによってできた周りのヲタ友のおかげだと思っている。

そして、Kis-My-Ft2を見る合間にNEWS、Hey!Say!JUMPのコンサートにも行くことができている。NEWS福岡公演に関しては相方含め申込すらしていないのに両部とも入ることができているし、なんなら元担に見つけてもらえている。この1年は意識的にNEWSを見ないようにしてきていた。NEWSが愛しいなんてもうわかっているから。NEWSが歌っている姿は否応なしに視界に入れてしまうから。確かにNEWSの方向性というものに疑問を抱いていたという点もあるけど、この1年は自担である千賀健永をただひたすらまっすぐに見つめていたかった。埋められない時間を、私の知らない千賀健永を知るための1年にしたかったから。満足なんてしていない。もっともっと千賀くんが笑う瞬間を見ていたい。千賀担を愛おしそうに見つめるその横顔を見ていたい。前だけを見据えてパフォーマンスをする千賀くんが見たいから、きっと2016年も私は千賀くんを見続ける。もう私が好きだった頃のNEWSはいない。歌詞にいちいち泣いて、追いかけ続けたNEWSはいない。私の知らないNEWSの道ができている。それが嬉しいから、きっとこれからも私はNEWSを見ない振りするしそしてたまに視界に入れては懐かしい想いを抱くはず。増田担に戻ることはないと改めて認識した1年でもあった。



これが私の2015年。濃すぎてまとまらない。だから、
つづく

図書館戦争 THE LAST MISSION


昔から読書が好きだった。両親共働きだった我が家は歳の離れた姉を除き兄と私は児童会館通いをしていた。昔から人見知りが激しく、初めて母親と離された保育所ではパートに向かう母親の後ろ姿を窓に張り付いて見送り、挙句にわんわん泣いていた私を心配してか母は度々児童会館の先生に私の様子を伺っていたそうだ。
母曰く当時の私に『児童会館どうだった?』と聞いても『別に』と答えられ馴染めていないのか不安になり児童会館の先生に尋ねたそうだ。『娘は何をしてますか』聞き方よ。もっと聞き方あるだろうに。そして先生は答える。『本をずっと読んでいます』と。あまり覚えていないけれど、どうやら私は児童会館の本を片っ端から読み漁っていたようで、『〇〇して遊ぼう』と声を掛けても『これ読んでから』と答えるような児童だったそうだ。

そしていつからか物語というものを好きになり、読書のおかげもあって国語や現代文、古文の学力だけは人一倍身に付いた。と同時にドラマや映画も好きで休日家にいる時は何かしらの映画を観るようになった。

そんな私が過去に一作だけ語弊なしにハマった物語がある。

そう、SPEC。グロいの嫌い、わけのわからない物語嫌いな我が家で1人でテレビに向かい見てたドラマが終わり映画が公開された。観に行かないと。謎の使命感を持って姉を引き連れ映画館に向かった。隣に座る姉はチンプンカンプンだったようで観終わった後興奮して話す私と姉の間には間違いなく温度差があり、私はそこで心に決めた。
次回は1人で観に行こう

私が初めて1人映画をした映画がSPECだった。




そして私は先日あれ以来初めて1人で映画館に向かった。
14連勤という過酷な状況下で半休の時間をフル活用してまでどうしても劇場で観たかった映画。

それが、図書館戦争 THE LAST MISSION。

前作であるLIBRARY WARSが地上波放送された時私は丁度勤務中で勤務場所に置かれたテレビから流れる映像を横目にしか観ることができなかった。まっすぐに帰宅してiPhoneを操作して見つけた今日の映像を朝方まで観た。あまりにも心が踊り、翌日二夜連続で放送された、今作と同時に撮影された撮り下ろしドラマも結局は帰宅してからネット経由で見て更に心が踊りそこからの3日間で前作の映画とドラマを合わせて6回は観た。そうして心に決めた『映画館に行こう』。休みが無くても構わない。(ちなみに映画館に行くまでの期間私は横浜とディズニーに遠征しているが、機内では図書館戦争の原作を読んでいたし現地のホテルでも前作を観終えている)だって観たいんだもの!!!!

結論から言うと、私はこの映画で首に巻いていたスヌードで押さえなければならないほど涙を流したし、世間を賑わせた恋仲よりも1人でにやにや微笑んでいたし、何より私はあの時から間違いなく恋をしている。どーん


あらゆるメディアを取り締まる法律「メディア良化法」が施行され30年が過ぎた日本。
公序良俗を乱す表現を取り締まるために武力も厭わぬ検閲が正当化されていた。
そんな時代でも読書の自由を守るため、検閲に対抗すべく生まれた図書館の自衛組織「図書隊」に笠原郁が入隊する
。高校時代に自分を助けてくれた、顔も覚えていない図書隊員の“王子様"に憧れての入隊だった。
堂上篤はことあるごとに厳しく指導する鬼教官で、郁の憧れの王子様のことも「あさはかで愚かだ」とバッサリ。
激しく反発する郁だが、堂上は突き放しながらも絶妙のタイミングでフォローを入れつつ郁を育てる。


これが大筋の内容。
この物語は細かいところがとても綺麗だった。例えば笠原が堂上を担ぎ込む閉店後の書店があの書店だったり、その書店を1人立ち去る笠原とそれを見つめる堂上があの日と逆だったり。何よりエンドロールの最後の映像があまりにも優しかった。もうこれ以上は言いたくない。各自、観て。






さて、本題に入ります。
別に図書館戦争の素晴らしさを残したくてこの文章を書き始めたわけではない。じゃあ何か。


恋をした。


図書館戦争LIBRARY WARSを観た時岡田准一に無性に興味が湧いた。元々V6だと森田剛くん♡な私は岡田准一の格好良さに気付きつつもそこまでだった。ただ単純に『V6のコンサートが見てみたい』そう思った。『岡田准一とはどういう人間でどういうアイドルなんだろう』そう興味を持ったのだ。ただ如何せん私自身にそれほどの時間があるわけではなかった。掛け持ち勤務先で勤労大好き人間というわけのわからない座右の銘を付けられてしまうほど家にいる時間が圧倒的に少ない私には自担である千賀くんを眺めてかわいい(泣)botを発動させる暇すらない現状。仕方がないから寝る前の数十分を使い〝岡田准一〟と検索をかけてみた。

結論から言うね?

なんなん、このひと。

私が勝手に抱いていた岡田准一に対する硬派なイメージはガラガラと音を立てて崩れ落ちた。ただひたすら後輩を『可愛い♡』と言い恋愛の話になるとガチ照れをかまし、かと思えば師範代の免許を持つ武術で笑顔のまま技をかけていく。なんなん‥‥?(泣)
この時まで私はもしかして、もしかするとこの岡田准一という人を眺めていたくなるんじゃないかと思っていた。即ち、担当という立場に置きたくなるのではないかと。もちろん千賀くんを担降りするつもりなんてさらさらない。ないけど、最年少という共通点のみのこの真逆な2人を私の世界の中心に置く日が来るのではないかと冷や冷やしていた。だがしかし。〝岡田准一〟というワードで調べれば調べるほど心が言う。『待て、何かが違う』ブレーキがかけられた瞬間だった。
そしてブレーキにしっかりと足を乗せたまま1人で車を走らせ向かった図書館戦争LMでその疑問点は確信に変わる。『岡田准一じゃない』これが全てだ。そこにいるのは岡田准一ではなく岡田准一演じる堂上教官で、言ってしまえばその隣にいるのは榮倉奈々ではなく笠原郁。確かに岡田准一という人間には今でも興味がある。とてもとても興味があるし、いつかDVDでコンサートを観てみたいとも思う。ただ、眺めていたいのは岡田准一ではなくこの物語なんだと確信した。


そもそも私の中で〝担当〟するということは自分の時間をいかに割けるかで決まると思っている。もちろん世間ではゆるヲタという言葉も茶の間という言葉もあるけれど、あくまで私の中では如何にその人が自分の世界の中心に存在するか、なのだ。元々重めのNEWS担を長いことやっていたからか私の自担への感情は重く、千賀くんに対してももはやかわいい(泣)botでは収まりきらないほどの感情が渦巻いているが、きっと私は睡眠時間を削ってでもどれだけ仕事に追われる結果になろうが少しの時間さえあれば自担である千賀くんに会いに行く。そして彼が、彼等が魅せる世界を吸い込んで現実に戻りまたその世界を見るために日々を過ごしていく。それが私の〝担当〟するということ。
その点で言えば図書館戦争に続編があり、再び映画として公開されることがあれば2時間の時間を見つけ映画館に走る。走るが、V6のコンサートには入らない。きっと私は岡田准一という人を未だに悪い意味でなく〝アイドル〟として捉えられていないのだと思う。V6のMCを見た時に普段の俳優活動では見れない岡田准一という人を見た気がした。それがなんだかむず痒くって(確かに最年少愛おしかった)ちょっと待って‥‥と誰に言うでもなく溜息をつきながら俳優岡田准一の動画を眺めた。〝担当〟には収まらない。それでも興味がある。この気持ちはなんなんだろうと考えた結果、意外にあっさりと答えが出た。それがはじめにも言った、
恋をした
という答えである。

きっとこのまましばらく私は岡田准一という不思議な俳優活動をするアイドルに興味を持ち続ける。どんな人間なんだろうと探り出す。それってまんま恋じゃん。恋じゃん!!!!

ただ一つ断っておくと本気愛とかそういう類ではありません。



大先輩である岡田准一に恋をしながら私は来週再び名古屋に足を踏み入れる。好きで堪らない千賀くんの故郷に足を踏み入れ、名古屋でもう一度KIS-MY-WORLDにハマるんだろう。


いつかこの〝興味〟が〝恋〟が〝担当〟に変わったら。
そんな日が来たらきっと私のジャニヲタ人生はまた一つ彩られるんだろうな、なんて淡い恋心を抱きながら眠ります。そして私は来月あと数回図書館戦争の映画を観に行くんだと思います。








キスマイツアーのブログもドリボのブログも書けてないけど、唐突に書きたくなった私の恋のお話でした。

おやすみなさい。

NEWS LIVE TOUR 2015 White in マリンメッセ福岡


2015.05.24


※ネタバレ含みます
私の遠征日記なので悪しからず。



2014年に行われたテゴマスの青春以来13ヶ月振りに訪れた福岡。ツアー発表当初福岡公演が日曜日2公演という現実に打ちひしがれた私と相方は福岡行きを諦めていた。そんな私達が福岡行きを決めたのは3月だった。Twitter上で流れてくる「福岡公演譲ります」その言葉に諦めきれなかった私達は急遽ホテルを押さえ、私は飛行機を確保した。行動はやいんだよ、もりーず。

運のいいことにチケットはお互い譲ってくれる心優しい方が現れ、無事にチケットを確保して恒例の遠征前リサイクル(計画を練る電話)をし、参戦服を決めて2人とも仕事終わりに向かった福岡だった。1つだけ言うと当初予約した往復の便が出発3日前に運休になり代替便を確保できたものの新千歳から羽田経由になったため、新千歳~福岡間が6時間掛かるという悲劇。ただの悲劇。2時間が6時間て。なんてこった。


相方と遠征をしたのはこれが3度目だった。1度目は去年のテゴマスの青春福岡公演。2度目は増田貴久主演の舞台フレンド大阪公演。そして今回が念願叶ってのNEWSでの福岡公演。2回とも現地に到着するのはいつだって相方が先で、ちょっと悔しい。私もドキドキしながら待ちたい。悔しい。今回も私が到着するまで博多駅で先にケーキを買ってくれていた。悔しい。
博多駅の改札を出て『きゃー!久しぶり!!(泣)』ってならないのが私達。にやにやしながら近付いてにやにやしながらくっついて『お待たせ』『久しぶりだね』にやにやしながら言うだけだった。しあわせ。
そのまま夜ご飯をコンビニで買ってホテルに向かう。あぁ福岡だ。相方がいる。あぁ暑い‥‥
ホテルに着いて一息ついたあとに私達がしたのは、DVD鑑賞だった。

2人で初めて入ったテゴマスのコンサートを一緒に観たいというのが兼ねてからの願いだった私達にタイミング良く発売された最高のプレゼント。所謂テゴマスの青春鑑賞会~もりーずを探せ~(結論から言うと映ってませんでした←)

ただテゴマスの青春でオープニングから放たれた言葉でもある、

何年経っても色褪せないような大事な大事な1日にしよう
もう二度と同じ日は来ないから
このワードが私達には今でも色濃く残っていて、あの時と同じように公演が始まることに戸惑い歌詞ひとつひとつを噛み締めて2人揃って明太子と豚肉のパスタを食べながら泣き、福岡公演でテゴマスを一切見ずに2人腕を組んで嗚咽を漏らしながら泣いたキッスではあの日同様に腕を組みながら眺めた。色褪せていない。何一つとして。あの時私は完全に増田担であり、私のジャニヲタ人生の世界の中心であった彼が魅せてくれた世界は語弊なんて一つもなく“世界一”だった。

そして観終わった後に始めた恒例行事。

もりーずHappy Birthday!!!!

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26歳のいい大人女子がケーキ屋さんでプレートにもりーずって書いてもらうのってすごいよね。今年も去年同様赤い風船にお世話になりました。24歳で出会った私達が26歳をお祝いしていることが嬉しい。ここでこの話をしてしまうと何のこっちゃのブログになるので割愛するけど、私の相方は彼女以外にありえない。


そして迎えた運命の日が、2015.05.24
お揃いの服に着替えてお揃いのアクセサリーを身に付けお揃いのサンダルを履いて向かったのはマリンメッセ福岡。札幌公演でテンション上がりすぎて落下させて割ってしまったペンライトも無事に手に入れて、お譲り頂いたチケットを手に入った会場内。
待て、待て、お願い、待って。心の準備ができてない。

飛行機が動き出す直前に流れてきたのはNEWSで、それは“新生”と呼ばれるよりももっと前の楽曲。わたしがジャニヲタと増田担の扉をノックした楽曲だった。
『おかえり』でも『行ってらっしゃい』でもない。何も聞こえない。泣きたい

福岡へ向かう機内で携帯のメモ機能に打ち込んだ言葉がこれだった。薄々気付いてはいたけど、ひたすら重たいな。
機内で考えていたのは私は福岡公演でどうなるのだろうか、ということだった。また笑うのか、また泣いてしまうのか、楽しかったとただ満足するのか、札幌公演に入ったにも関わらず全く読めなかった。その不安を抱えたまま始まった福岡公演1部。始まる瞬間彼女がこちらを振り向いた。ここにいるよ。NEWSがいるよ。私はまた福岡に来てるんだとここで実感したかもしれない。

始まった瞬間に私は『また会いに来たんだ』そう思った。一歩ずつ目を伏せて歩く増田さんはやっぱりアイドル〝増田貴久〟であり、私がずっと追いかけていた人。それがすごく嬉しくて、黄色を身にまとって傍からみても増田担として入ったという事実にすら涙が出そうだった。札幌公演ではただ無の感情から始まったにも関わらず福岡公演はまさに始めから沸いていた。沸くたびに切ない気持ちが押し寄せたけど、その感情は見ない振りをする。

誰よりも大きく踊っていたMR.WHITE
後ろ姿があまりにも愛おしかった恋のABO
両手を広げて歩きながらたまにメンバーを振り向くNYARO
Aメロ前に『フルスイングで~♪』って歌っちゃって小山さんに『え?』って見られて思わず増田さんまで『え?』って顔して小山さんを見ていたフルスイング
こんな風に書き出したらキリがない。

‥‥あぁ大好きだ。やめてくれ。

身をかがめて少し足を上げ、苦しそうな表情でフルスイングを歌ったかと思ったら『もう悲しいことは二度とないから』そう言うように最後はおちゃらけてフルスイングして笑う彼を見ていて、私の表情は全て増田さんに繋がっていることを実感する。増田さんの表情が歪めば私の表情も歪む。増田さんが微笑めば私も笑っている。こんな風に9年間私は彼を眺めていた。

幸せだった。私、すごく幸せ。
余談だがアプリのSimejiは〝しあわせ〟と入力すると4合わせが出てくる。すごいな

隣を見れば私と色違いのピンクの服を着た彼女が『あー可愛い』『いいよ、可愛いよ』『可愛い可愛い』と呟くように連呼していたので、どうやら福岡公演の手越祐也さんは大成功だったようだ。

公演はどんどん進んでいく。そしてとうとう〝その時〟が来た。私達が入った席はトロッコから3列目の席であり、言わずもがな彼等が通るのは間違いない席だった。ただ、彼女と入ったテゴマスの青春では完全に干されていたため『どうせ背中向けるんだろそうなんだろ』くらいにしか思っていなかった。それでも、近付いてくる。大好きで大好きでたまらなかった増田さんが近付いてくる。私が持っていた団扇はファンサ団扇でもなんでもなく、前回のNEWSのツアーから持っていた〝増田さん〟と書かれた団扇だった。それを胸の前に掲げて待つ。名前は呼ばなかった(と、思う)。記憶があまりにも曖昧だけど、隣の彼女が『まっすー!!!』大きな声で呼んでくれていた。その声に気付いたとは言わない。言わないけど、トロッコよりも低い位置にいた私達のブロックをゆっくり眺めた後、世界が時を止めた。‥‥確かに増田さんと目が合った。名前の書かれた団扇でもなく、目が合った。こんな距離で間違えてたまるものか。目が合った。←3回目 その瞬間私の世界は止まったけど、止まったのは私の世界だけでトロッコは止まらない。待てよスタッフさん。待ってくれ。遠ざかっていく。見送るでもなく、時間が止まった私を動かしたのは隣にいる彼女で、『今見てた!!絶対見てた!!』その言葉に涙が溢れてトロッコが通った位置に体を向けたまま語弊なく崩れ落ちた。声を上げて泣いた。座席に掛けてあったタオルをズルズルと取り涙を拭っても白いタオルに茶色い化粧が付くだけで涙は止まらなかった。彼女が背中を摩ってくれる。よろよろと立ち上がったら私を支えてくれた。

その時の感情は単純なものでは決してなかった。嬉しい、とか大好き、とか幸せ、とかそんな感情じゃなくて、もっとドロドロした感情に思えた。『なんで今なの?』『なんでそんな優しい目で見るの?』そして、『見下ろしてくれてありがとう(号泣)』もうただの馬鹿。

それから公演が終わるまで私は確実に増田担だった。私の青春おかえり。泣いてしまうんじゃないか、と不安だった愛言葉はやっぱり涙を堪えるのに必死だった。リフト上で歌う彼があまりにも幸せそうに場内のペンライトや団扇を眺めるから、増田さんがNEWSで良かった。そう心底思った。

そのまま終演を迎えた1部。完全に疲れきったもりーず。もういやだ。NEWSやだ。もう。もう。感想なんて出てこない。腹減った。会場隣のベイサイドで何故か焼肉屋に入りカルビ丼をがっつく。2公演やめよ?疲れた‥‥
マリンメッセの会場までは観光?しながら走れる電車に乗った。そこで案内のお兄さんが言う。『1番遠くから来たよって人~』‥‥なにこれ私だろ。← 挙手する。『お!どこから来たんですか?』その質問に北海道と答えると車内がざわついた。隣で手を上げていた東京住みのお姉さんすまない。北海道の釧路とか言われたら負けてたけどね!!!

こういう時間ほどあっという間で気付いた時には2公演目の座席に座っていた。彼女とため息を吐く。終ってしまう。私のWHITEの参戦はこれが最後だ。彼女と見るNEWSもこれが最後だ。目を合わせてはふふ、とお互いに笑って理由もなく腕を組む。終わらないで、そう願った。
それでも会場内からはNEWSコールが始まり、分散されていた白いライトがまとまるかのように会場内を埋め尽くしていく。この光景を映像に納めたいと思ったし、NEWSは知っているのだろうか。とてもとても、綺麗なんだよ。

2公演目はなんだか1公演目より見ているのが辛かった。全ての曲全ての歌詞が心臓に入っていく。心臓が鷲掴みにされているのか、私の心臓が染まっているのか。
1公演目、バタフライをしっとりと聴いていたら私達とは逆サイドの客席のペンライトが異様なほどに激しく振られていた。何事だと思って視線を向ければリフトに乗った増田さんが頭を振りながらブンブンと思いきり腕を振っている。‥‥何してんだ、こら。そして2公演目、私達はその増田さん側にいた。始めペンライトの指示を出したのはリーダー小山慶一郎だった。センステの上に手越さんといた小山さんは優しく場内を見下ろし、優しくペンライトを誘導した。あぁリーダー(泣)そんな風に思わずホロリとしそうになるのをぐっと堪えていると、無表情で客席を眺める増田さんに目を奪われた。よしかかりながら歌う増田さんの足がリズムを刻む。始めは小さく、徐々に腕も小さく振り出した。どんどん大きくなるその動きはやがてこれからモッシュでも始まるのかと錯覚するほど頭を下に向けたままブンブンと腕を振り始めた。なんだよ最高かよ‥‥!!!!!それに伴って増田さんサイドのペンライトが激しく振られるのが異様な光景だった。振られるペンライトを見つめて満足したのか、徐々にその動きは小さくなりまるで今の一連の流れなんてなかったかのように、そして興味を無くしたようにリフトを降りるとすぐに背中を向けられた。わかります?この愛しさ!!!!!!
この公演も増田さんは絶好調だった。MCで『罰ゲームぐふふ』と言っていたようにJr.の衣装を脱がしたところやり返され脱がされるという暴動が起こり一瞬『は?』という顔をした増田さんは逆に技をかけ返すという絶対的アイドル感(なにそれ)を出した1公演目に対して、2公演目は果敢にもJr.くんは絶対的アイドルにはじめから技をかけに行った。‥‥いけ!いけ!Jr.くん!!!!しかし増田さんは強かった。再び『は?』ときょとんとしたかと思えばやり返す。しかしJr.くんもしぶとい。なかなか倒れない。わちゃわちゃ揉み合った2人の最後は後ろから来た愛すべき我等のリーダーの『なにしてんだーーー!!!!!』その叫びだった。

時間は過ぎる。長いなと思ったMCも気付けば終わり、イヤモニに触れながら悔しそうな表情をしたさくらガールも終わった。そして流れた愛言葉。札幌公演では全くモニターを見ていなかったため気付かなかったが、愛言葉のモニターではあの日たった1日だけ配信されたあの動画のように〝てずてってとって〟が〝  ず  っ  と    〟になるという演出が施されていた。そのモニターを見た瞬間1部では涙が溢れた。素敵すぎたから。その言葉を考えた増田さんが優しすぎたから。
2部ではもはやモニターを見ることすら叶わなかった。何故なら始まった瞬間から涙が止まらなくて、隣に立つ彼女も泣いていて2人いつの間にか腕を組み、タオルに顔を埋めて泣いていた。…私にはもう重たくて仕方のない歌詞がのしかかる。そして、彼女とこの曲を聴くことができたこと、これが最後だということに涙が止まらなかった。これは勘違いだろうけど何故だか顔を上げた瞬間小山さんがこちらを見て微笑んでいたように思えた。そうじゃなくてもいい。夢でもいい。それでも私達は間違いなくあの曲でNEWSに包まれていた。


届けっ、愛の言葉


届いてたから。届いてるから。幸せだね。幸せだよ。

終始泣いていた私達は泣きながらNEWSコールをした。NEWSコールもこれが最後。そう思うと彼女の腕は離すことができずにずっと2人で泣いていた。あの会場には決して私達ほど泣いた人はいないと思う。泣きながら誰が〝NYARO!!〟叫ぶというんだ。
アンコールでも増田さんは絶好調でまさかの投げちゅー2連発に『大好きだよー!!』発言。やめて。立ってられないからやめて。
確かにヘアバンドは許せない。許せない、でも許す。



そうして終わった福岡公演両部。
2公演目に私があんなにも泣いてしまったのには理由があり、何度も公演中にふと頭を過ぎったことがあるからだ。きっとこれからもさくらガールも愛言葉も4+FANもフルスイングも歌われ続けていく。でも私はあと何度聴くことができるのだろう、ということ。幸せそうに笑うNEWSを、苦しそうに言葉を紡いで歌う増田さんを私はあと何回見ることができるのだろう。その答えは今出すにはあまりにも難題で、簡単に答えを出したところで感情に突き動かされる結果が見えているので答えを出すつもりは毛頭ない。それなのに、なんだか切なくてなんだか悲しいのはなぜなんだろう。
結局担降りしても尚、増田さんは私の心を揺らす存在だと気付いた。今まで何度も『増田さんが笑えば世界は笑う』そう言葉にしてきた。きっと増田さんが幸せならその世界も幸せに溢れていて、増田さんが笑えば世界も笑ってくれる。でも、私は泣いていると思う。



両手を広げて会場を包み込む優しい目が好きだった。
踊る時に指先にまで視線を向けて観客を見て踊るわけでなく〝魅せる〟そのダンスが好きだった。
血管が切れちゃうんじゃないか心配になるほど強く強く歌う歌声が好きだった。
何も言わなくても見透かしたように頷いてくれる優しさが好きだった。
誰よりもアイドルで、誰よりも誇りと自信を持っている増田貴久が好きだった。

そして、今も大好きだ。



最後に。



例えばカラオケで60点しか取れなくても、誰かを感動させられる歌が歌えたらいいじゃないって。僕も誰かの心を動かす歌が歌いたい。そう強く意識するようになりました。
そのときから、歌詞のひと言ひと言にしっかり気持ちを込めて歌おうって思っています。例えば「ありがとう」という歌詞なら、キーがずれてもいいから僕が今まで感じたありったけの「ありがとう」の気持ちを込めて歌おうって。(レタスクラブ オトナのNEWS)


初めて読んだ時に泣いたことを覚えている。だからこんなにも私は増田さんの歌が好きなんだって。歌詞の言葉をストレートに届けてくれるから、泣いたり笑ったりしちゃうんだって。
福岡公演に入って改めてこの言葉の意味を痛感した。まるで語られてるみたいに、歌詞と増田さんの歌声がリンクしてダイレクトに届く。音色を発しているんじゃなくて、言葉を届けている。うまく歌えるアーティストなんてたくさんいる。たくさんいるけど、こんな風に言葉を届けてくれる人はどれだけいるのだろう。


これが、私の9年間。
この人が、私が9年間追い続けた人。
これが、私が9年間好きだった理由。

そしてこれからもきっとずっと、大切な理由なんだと思う。



また、どこかで逢える
ヒカリの向こうで



また会おうね。ありがとう。幸せだった。
またね、行ってきます。



NEWS LIVE TOUR 2015 White in 真駒内セキスイハイムアイスアリーナ

2015.3.29



並々ならぬ無の感情を持って、初めてからあげくんを食べながら向かった会場。それが真駒内セキスイハイムアイスアリーナ。名前長いな。
1年半振りに訪れるそこはやっぱり変わらずに立地の悪い会場で、それでも何かと思い出深い場所なので遠くから見えただけで胸が弾みそうになる(今回はとりあえずからあげくん食べてたけど)。

はじめ今回のNEWSのツアーが発表された段階でその日程を確認して絶望の淵に立たされた。前回のブログで『福岡公演しか行きません』とか宣言しちゃったけど、まず相方も私も土日は仕事をなかなか休めないため話し合った結果諦めようということになったし、地元である札幌公演も土日で…というか愛すべきリーダー小山慶一郎の生誕日以外全て土日という時点で、土日休むのにかなりの勇気と度胸とその前後に待ち受ける溜まりに溜まった仕事を片付ける根性がなきゃやってられない系社会人の私には縁のないツアーなんだろうと考えた。
そして担当である千賀健永の所属するKis-My-Ft2もほぼほぼ土日なんだろうな、と考えたところで本気で転職を考えるところまでは落胆していた。

それでもせめて1公演は、そう思って無理矢理休みを強奪して(職権乱用とも言う)入る決意をした地元である札幌公演。

今回はアルバム発売~公演を終えるまでの私のただただドロドロした感情を曝け出します。何も面白いことも感動することも書きません。

ただひたすら、ドロドロ。


ツアー真っ只中なので、ネタバレは含みません。ただ、これだけは言っておく。いやこれが最大のネタバレだと思うんだよね



NEWSめちゃくちゃかっこよかったよ!!!!!!!!!!!!!!!!!




まず、ツアー発表の前に私のキスマイアカウントでキスマイを差し置いてタイムラインを沸かせたアルバム『WHITE』の発表
大変申し訳ありませんが、未だに手元にはありません。会場で買おうか悩んだけどやっぱり買ってない。買おうとは思っている。公演入った今だからこそ、我が家にお迎えしなければいけないとは思っている。
買わなかった要因としては、NEWSに非があるわけではなくその発売日直前にKis-My-Ft2と舞祭組のシングル発売が控えていたからで、avex様の大量発売を見越すとまずそんな余裕今はない、そう判断したからです。

ただ、はじめてそのタイトルを目にした時は本当に心が震えた。すっごくいいタイトルだと思った。長年白をグループカラーとしてきた彼等が何色にも染まる白を今になって発信するなんて抜群にハマってる。そしてTeam Whiteという言葉は『4+FAN=NEWS』小山慶一郎のその言葉を思い出した。やっぱり最高。

ショートフィルムに関しては多くは語らない。
とりあえず、シゲアキ先生の言葉が有言実行されて嬉しい。それに尽きる。

そのWHITEという名前が付けられたアルバムの蓋をいざ開けてみると、このようなところであまり言うことではないだろうけど、NEWSテゴマスが発売してきたシングルアルバムの中でダントツで私にはハマらなかった。前回のアルバムが発売された時はがっつり増田担で、NEWSというグループ名をタイトルにしたアルバムはcompassから心動かされて泣きながら聴いたことを覚えている。今でもあのアルバムの曲を聴くと2年前の夏を思い出して泣きそうになるよ。楽しかった。本当にあの夏はNEWSのものになっていた。
それでも、楽曲全てがハマる必要はないと思ったし、その必要性も感じなかったのが事実。NEWSを心からまっすぐ好きな子に伝わればいい。それが第一。

しかし危機感はあった。このシンプルすぎる感情のままNEWSのツアーに行って自分が何を感じるのかが全く読めない。しかも公演日前には自担のマルチアングルが見れる。やばい。←いろんな意味で。

NEWSを降りてから(今の状況が傍から見て“降りた”と言えるかどうかは別問題)4ヶ月が経って変わらずに思い続けていることが1つだけあった。

『私に後悔をさせてほしい』ということ。
どん底に突き落としてくれたっていい。また悩ませてほしい。それだけのNEWSであり続けてほしい。それだけの増田貴久という最高のアイドルを貫いてほしい。そんな存在でい続けてほしいし、そうでなくちゃいけないとも思った。だって、NEWSだから。

ただ困ったことに、私を真駒内の会場まで連れて行ってくれる友人も元増田担で、完全に2人とも自担に沸いていた。前日友人宅でお酒を飲みながら、Kis-My-Ft2のマルチアングル舞祭組のマルチアングルとHey!Say!JumpのMVとメイキングを見てきゃーきゃー騒ぐ始末。翌日NEWSのコンサートとはとても思えないテンション。困った。

最終的に『どうする……』となり、そして見始めた1枚のDVD。それがこちら。



なぜPacificなのか。それは私達の“原点”だから。割と最近知った事実ではあるけど、その友人と私はほぼ同時期に増田担となり2人とも初めて入ったコンサートがPacificで同じ公演日だった。Twitter上で絡み始めた当初は増田さんへの沸くポイントが似てるね♡程度だったのがほぼ同時期に担降り問題に頭を悩ませ、最終的に一歩踏み出し年下に堕ちて世界を赤と水色に染める決意をしていた。もはやちょっと怖い。


そんな私達がPacificを見たのは大成功だった。沸いた。久々に沸いた。漆黒のジャニヲタ人生に感謝できた。あの頃の増田さんは自分の中で絶頂期でもう本当に楽しかった。そのDVDで千賀くんも発見し私のテンションが深夜にピークを迎えた。

いやもう最初からこうすればよかったよね←


いい感じでテンションを上げて眠った午前4時。目を覚ましたらNEWSに会いに行くんだ。なにこれ楽しい。

のんびり起床して悩みに悩んで購入した真っ白な参戦服に着替え髪をセットしてもらい自担のメンバーカラーの髪飾りを付ける。黄色は身に付けなかった。駅まで向かう車の中でNEWSを流す。超いい感じ。なにこれ楽しい。
この曲聴きたいね、あの曲歌われたら泣くわ、そんな風にNEWSで楽しめるなんて思ってもいなかった。なにこれ楽しい!!

お腹が空いた私達はコンビニでからあげくんを購入し地下鉄に乗り込む。あぁからあげくん食べたい……早く駅に着け……そして話は冒頭に戻る。駅から会場への道程で私達はからあげくんを食べていた。何度も足を運んだ真駒内アイスアリーナにまさかからあげくんを食べながら向かう余裕ができる日が来るなんて。そして後ろを歩くNEWS担の子は28日も入ったのだろう、ネタバレやめて。


会場に着いてグッズ売場に向かい当たり前かのように言う『増田貴久の団扇1つ』あぁ懐かしい。久しぶりだな、真駒内。1年半振りだな。
その友人にしか伝わらないけど会場入る直前にシンクロした『いい感じ』がおもしろすぎたからここに残しておくね。


超どうでもいいけどアリーナ入場口の手荷物検査してたお兄さん私の小学校の同級生でした。多分バレてない。いやバレるな。恐ろしい。

そしていよいよ足を踏み入れた会場内。落ち着いて席に着く。決して騒がない。団扇とペンライトとタオルを用意する。決して騒がない。時計を見る。開演10分前。決して騒がない。周りが少しずつ立ち始めたのでとりあえず立ってみる。よしステージ余裕で見える。そしてまた座る。……なんだこの落ち着きようはと焦り始める。

会場が暗転する。一斉に広がるペンライトの海。綺麗。白綺麗。コンサート会場では必ずペンライトの海を眺めるけど、白が1番綺麗。
歓声の中ステージに現れるNEWS。本当にごめんなさい。本当にごめんなさい。私、何故か笑いが込み上げて1人で声を出して笑った。何故かは本当に今でもわからない。ただその直後緩んだ涙腺の理由は理解している。

『NEWSに会いに来たんだ』そう実感したから。4ヶ月前までずっと待ち焦がれていたNEWSの活動。それが今まさに目の前にある。NEWSが作り上げるステージの演出の一部に今自分がなっている。手に持っているペンライトの白い光がその他大勢と合わさって4人の視界を埋め尽くしている。その瞬間がたまらなく好きだ。

それでも隣に入っている友人と私はどこか浮いている感覚もあった。“無”に近い感情が未だにあったから。戸惑った。どうしようかと思った。
ただ、そんな不安は徐々に徐々に消えて行く。

結論から言えば、NEWSは変わらずにNEWSだった。大好きだった、今でも大切な増田さんは相変わらず増田さんで、しまい込んでいた感情がだんだん戻って来た。簡単に言うと、沸いた。
可愛いとか、かっこいいとか、ダンスがやっぱり増田さんとか、そんなのはもう大前提にある。何に沸いたってあの増田さんが超ご機嫌…!!絶好調すぎた。何があったの北の大地で……


そして曲名は伏せますが、NEWSが4人になった時からコンサートで聴くことはもうないだろうと諦めていた曲があった。美しい恋にするよツアーの時に披露され、手越さんを除く3人が涙を堪えながら歌ったShareもそうだけど、その曲は披露が難しいと思った。あまりにも以前披露された演出が定着しているし、それを4人で行うにはインパクトにも欠けて困難。そもそもその曲にある以前の演出のイメージを覆す必要もないように思えたし、見たいならディスクを引っ張り出すしかない。そう思っていた曲を披露した瞬間に鳥肌が立った。そして会場に着くまでにこの曲聴きたいね、と話していた曲が歌われたことに思わず運命を感じるしかなかった。

最後の最後まで4人が作り上げた空間は4人にしか作り上げることのできない最高の空間だった

そしてアルバムを聴いた時には全くと言っていいほどハマらなかった曲たちが、すんなりと自分の中に入り込んできた。これが、今のNEWS。最高にかっこよかった。




決意表明か何かで書いたけど、元々私は増田貴久ありきでNEWSが好きだった。NEWSの曲を知り、友人にドル誌を見せてもらい当時のNEWSのメンバーが載ったページを見せられ『誰が好き?』と聞かれた私が指を差したのは加藤シゲアキなんだけどね?それから数日後友人からたくさんのNEWSの映像を借りて見つけてしまった増田貴久というアイドル。笑顔が印象的な彼が踊り始めたらその空気感が変わるのがテレビ越しでも伝わったし発せられる歌声は笑顔から想像できないくらい力強くてそれなのに優しさに溢れていてどんどん引き込まれていった。それが、全ての始まり。増田さんが魅せる世界(別名:沼)にハマった私ははじめに指を差した加藤シゲアキのことなんてすっかり忘れて増田さんにのめり込んでいった。
コンサートに行けば増田さんしか見ていないのでその場で回るメリーゴーランド状態のため誰がトロッコで1mの距離に来ていようが背中を向けていたし、他メンバーのソロ曲を除き私の視線の先には必ず増田さんがいた。
それは4人になっても変わらなかった。4人での活動を決めたNEWSというグループに愛しさもあったし突如湧き起こった小山愛なるものもあったけど、それでもやっぱり『担当の世界にどっぷり浸かる』精神にのっとり増田さんを追いかけていた。
なので、前回のツアーがはじめてだった。はじめて、4人のNEWSかっこいいじゃん、そう思った。
そして、今回のツアーで1番自分自身に驚いていたのはNEWSとJr.を満遍なく見ていたということ。満遍なく、というと語弊もある。同じ割合では確かに決してないけれど、Jr.を可愛いなと思ってあれ誰だろ?と考える余裕もあったし、例によって小山さん……と溜息つきながら見ていたし、手越さんその髪型はライオンヘアーが進化したの?と疑問に思いながら見ていたし、加藤さん幸せそうだななんて微笑ましく眺めていたりもした。メリーゴーランドではなく、会場全体を見ていたのが初めてだった。うん、6割は増田さん見てたけどね。

再始動という言葉が付いて回った美しい恋にするよツアーは『新生NEWS』としてメモリアルなツアーになって、10周年の節目を迎えてこれもまた感動的なものになった前回のツアーを終えて、このタイミングで今回の構成で演出で披露された今のNEWSはWhiteを掲げているだけに『原点回帰』その言葉が似合っているように思えた。これでこそ、NEWS。ずっとみんなが会いたかったNEWS。それだけ全てがよかった。非の打ちどころなんて1つもなかった。私の中で今までで1番綺麗なコンサートだった。


小山慶一郎は一寸の狂いもなく愛すべきリーダーだった。
加藤シゲアキはここにきて最年少キャラを十分に発揮した愛おしい存在だった。
手越祐也は相も変わらずNEWSを歌で引っ張っていく頼もしい存在だった。


そして、増田貴久。
増田さんのソロ曲ってどんどん進化していって今やファンが沸く曲よりかは、増田さんの好きな音楽を詰め込んだものを提供するスタイルに変化していて、今回のソロ曲ほど難しいものはないなと思った。スーパーハイレベル。超有名なとある方もブログに記していたけど、噛み砕くのが困難で、増田さんが伝えたいメッセージが果たしてなんなのか、それを読み取ろうとペンライトを振ることも忘れて無心で眺めたけど、考えているうちにその曲は終わってしまった。ただ思ったことは『本当に洋楽好きなんだな……どこから来日したの?』←これだけ。ちょっと噛み砕けた人いたら教えてください。きっと私にはこれ以上噛み砕けない。

はじめにも書いたけど『後悔させてほしい』とわけもわからず願っていたりもした私は、結局後悔なんて何一つすることはなかった。
むしろこれまでの増田さんを追いかけていた日々も、離れたことまでも肯定せざるを得なかった。それだけ変わらずに増田さんはそこにいた。

両手を広げて会場を見渡す増田さんはやっぱり優しかったし、歌詞の一つ一つを壊れ物かのように扱ったと思えば苦しげに歌詞を吐き出す姿は見てて顔を歪めてしまうほどだったし、何より幸せそうに微笑んでいたから全てがクリアな世界だった。

見つけるべくして、私は増田さんを見つけた。
満足いくほど見てきたわけではないけど、何一つとして後悔はない。


公演が終わり、私自身悩みが増えているんじゃないかと思っていたけどそんなことは全くなくて、すごくスッキリしていた。楽しかった。ただひたすらそれだけ。待っていたよ、このNEWSを。


あまりにテンションが上がった私達はそのままの勢いで会場を出て札幌駅に向かい、私の愛車に乗り込みNEWSを流しながら車を走らせ、いつもの場所でご飯を食べ3時近くまで居座り、家まで送り届けようとしたが『家に帰るまでがWhite』という増田さんの言葉を受けてまだWhiteを、この楽しい1日を終わらせたくなくてゲームセンターのはしごをした。もはやテンションわけわからない。
あまりにテンション上がって車から財布と携帯と団扇3枚とペンライトだけを持ってプリクラを撮りに行った。なにこれ超たのしい!!!!
そして私はそこでまさかのペンライトを割るという始末。なにこれ超泣ける……


私が今回こんなにもありのまま純粋に楽しむことができたのは、これまでたくさんの感情を共有してくれて、札幌公演に一緒に入ってくれた友人のおかげだと思っています。この場を借りて本当に本当にありがとう。パグピグ!



私がWhiteを終えたのは早朝5時だった。
セットされた髪をほどくのもお揃いで購入した真っ白な服を着替えるのも惜しかった。それだけ心から楽しめたNEWS札幌公演。

あとは相方と大切な思い出の地でNEWSを見れたら全てが収まる気がしてる。

慣れたように過去の感情を引っ張り出したと思えばそれをしまい込むのも慣れたようで、今はとにかく早くKis-My-Ft2のツアーも決まれと切実に願っている。




すごくすごく楽しかった!!!
これ以上の言葉が出てこない。
大切な曲で大切な瞬間をくれてありがとう。

きっとずっと大切。




『背中押してもらえた?』
終演後の会場で問われたこの言葉にやっと答えが見つかりました。

いいえ。でも、背中を押されたから私は今ここにいるよ。もうあの瞬間に私は背中を押されたから、だからこそ今こんなにも真っ白な気持ちで増田さんを見ることができたんだと思う。




あなたが笑えば、世界も笑う。
世界が染まって包み込んでくれますように。





また、5月に会いましょう。ばいばい!